瀬戸内海の環境問題

   1960〜70年の高度経済成長期には、人口の集中と工場数の増加、臨海部埋立ての拡大によって、瀬戸内海の水質汚濁、浅場の減少と海洋環境の破壊が急速に進み、赤潮の発生頻度が増加し、酸素不足の状態となることによって、多くの魚介類(特に魚類)が全滅する事態が生じた。
 このことは、水産業に大きな打撃を与え、また、水質の汚濁が進むと同時に自然海岸、特に砂浜の減少によって、地域の人々にとって重要な海水浴、潮干狩りなどの家族で楽しむといった自然とのふれあいの場の急速な衰退が生じることとなった。
 また、以前は、海が地域の人々の暮らしにとって密接であったが、埋立地に立地した工場が隙間なく貼り付いており、しかも高いフェンスによって、人々を海と遮断する結果となった。
 近時における新たな課題として、海砂利採取による環境への影響の懸念、海岸への漂着ごみ対策、新たな有害化学物質問題等への対応などがあげられる。
 

 
赤潮による被害
はまちの養殖
 

  (1) 赤潮の発生
 赤潮の発生件数は、1976年まで増加したが、それ以降は減少し、近年は100件程度で推移している。
 赤潮の発生は、ほとんどが夏場で、漁業に大きな被害を与えてきた。個別にみると、1972年7月(養殖ハマチ1,400万尾へい死、被害金額71億円)、1977年8月(養殖ハマチ330尾へい死、被害金額(30億円)、1978年7月(養殖ハマチ280万尾へい死、被害金額33億円)、1987年8月(養殖ハマチ135万尾へい死、被害金額16億円)と大規模な被害が発生した。
 また、近年では1998年8月(養殖マガキ8,518万枚へい死、被害金額39億円)にも大きな被害が発生している。
 特に、1972から1974年の3年間に発生した赤潮による漁業被害が大きな社会問題となり、漁業組合が国、沿岸の企業などを相手に裁判所に訴訟を起こす事態が生じた。(その後、和解が成立している。)
 

赤潮
赤潮
赤潮発生件数

  (2) 油流出事故
 1974年12月、瀬戸内海中央部で重油漏れの事故があり、大量のC重油(7,500〜9,000kl)が流出、東部海域が流出重油で汚染された。
 主として漁業者を中心として漏れた油を懸命に回収したが、瀬戸内海の生態系にも大きな影響を与えた。漁業被害は金額に換算すると160億円にのぼった。
 船舶等からの油による海洋汚染の発生確認件数は、1972年までは急増してきたが、1973年以降は減少傾向にある。これは「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」による規制、監視体制の強化、廃油処理施設の整備等の成果が現れたものと考えられる。
 しかし、現在においても、走行中の船、陸上からの油の流出油事故は引き続き生じており、漁業に被害を与えるのみならず、海岸に流れ着き海浜を汚染し、瀬戸内海の美しい自然に被害を与えている。
 

油流出事故件数
海洋汚染の種類別発生確認件数(平成16年)

  (3) 浅海域の減少
 a 藻場、干潟
 魚介類の生育の場として重要である藻場、鳥類の渡来地あるいは水質浄化に重要な役割を担う干潟は減少傾向にある。1978年から1990年の12年開に藻場については約1,500ha、干潟については約800haがそれぞれ消失した。
 このうち、藻場の約4割、干潟は約7割が、埋立てや浚渫等の人工改変が消失の原因である。
 
 

藻場

干潟
 

瀬戸内海における藻場の推移
瀬戸内海における干潟の推移

埋立免許面積の推移

   b 自然海岸
 瀬戸内海沿岸域は遠浅であることから、古くから農地、塩田造成等の影響を受け、変貌を続けてきた。
 1950年代半ばからは、都市の膨張や産業発展の基盤となる工業用地の造成等による海岸線の改変が進み、白然海岸は約37%が残存するのみとなっている。
 また、自然海浜を海水浴場等のレクリエーションの場として保全するため、沿岸の府県は条例で白然海浜保全地区の指定を行い、91箇所が指定されている。
 

     
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