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瀬戸内海の環境問題 |
| 昭和40年代の高度成長期には、人口の集中と工場数の増加、臨海部埋立ての拡大によって、瀬戸内海の水質汚濁、浅場の減少と海洋環境の破壊が急速に進み、赤潮の発生頻度が増加し、酸素不足の状態となることによって、多くの魚介類(特に魚類)が全滅する事態が生じた。このことは、水産業に大きな打撃を与え、また、水質の汚濁が進むと同時に自然海岸、特に砂浜の減少によって、地域の人々にとって重要な海水浴、潮干狩りなどの家族で楽しむといった自然とのふれあいの場の急速な衰退が生じることとなった。また、以前は、海が地域の人々の暮らしにとって密接であったが、埋立地に立地した工場が隙間なく貼り付いており、しかも高いフェンスによって、人々を海と遮断する結果となった。 近時における新たな課題として、海砂利採取による環境への影響の懸念、散乱ごみ対策、新たな有害化学物質問題への対応等が挙げられる。 |
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赤潮による被害
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はまちの養殖
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| (1) 赤潮の発生 瀬戸内海では汚濁レベルが増加するにつれて、赤潮の発生も増加した。昭和51年には約300回発生したが、ほとんどが夏場で、この赤潮発生回数の増加は漁業に絶え間ない被害を与え続けた。単発的にみると、昭和47年に1400万匹の養殖ハマチが死に、昭和52年には330万匹が全滅した。被害金額はそれぞれ71億円、30億円である。このことが、大きな社会問題となり、漁業組合が沿岸の企業相手に裁判所に訴訟を起こす事態が生じた(その後、和解が成立している)。 最近では様々な環境対策の結果、毎年100回前後に減少している。 |
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| 赤潮発生回数 |
赤潮
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| (2) 油流出事故 昭和49年12月、瀬戸内海中央部で石油漏れの事故があり、大量のC重油(7,500〜9,000kl)が流出、東部地域が流出重油で汚染された。主として漁業者を中心として漏れた油を懸命に回収したが、瀬戸内海の生態系にも大きな被害を与えた。金額に換算すると160億円の漁業被害にのぼった。 現在においても、走行中の船、陸上からの廃油の流出という油事故は引き続き生じており、漁業に被害を与えるのみならず岸に流れ着き海浜を汚染し、瀬戸内海の美しい自然に被害を与えている。 |
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油流出事故件数
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| (3) 浅海域の減少 a 藻場、干潟 魚介類の生育の場として重要である藻場、鳥類の渡来地あるいは水質浄化に重要な役割を担う干潟は減少傾向にある。昭和53年から平成3年の13年間に藻場については約1,500ha、干潟については約800haがそれぞれ消失した。このうち、藻場の約4割、干潟は約7割が、埋立てや浚渫等の人工改変が消失の原因である。 |
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瀬戸内海における藻場の推移
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| 埋立ての推移 |
瀬戸内海における干潟の推移
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| b自然海岸 瀬戸内海の埋立ては、農業目的から古くから実施されてきたが、近年では、港湾整備及び工場立地の目的の埋立てが増加している。最近では、廃棄物の海面埋立処分も増加している。 19世紀末から現在までの埋立合計は450km2に及ぶ。この結果、海岸線の約半分が人工海岸となり、しかもそのほとんどが直立護岸である。 |